Project8 オープン・D・チューニング

3.ロックがやってきた(1)

先日ある女性映画監督と作品のビデオを交換することにした。
受け渡しの場所を決めるために連絡しなければならないのだが、彼女は携帯もメールアドレスも持っていない。
そこでご両親と同居している自宅へ電話した。
呼び出し音がする。懐かしいドキドキする緊張感。学生時代の感覚がよみがえる。
お母さんが出たので、明るく、真面目そうな声を作って娘さんを呼んでもらう。
お父さんが出なくてよかった。

ちょっと前まで男の子が女の子に連絡するってのは、こういうことだった。
電話の先に、彼女の親という社会的バリアーがあった。
世間の風潮も娘にかかってきた男からの電話を軽々しく取り次がないところがあった。
それを突破することが社会的自我の形成に...なんて教育論を説くつもりはないが、いろいろ今より不自由でした。

ここで、ロックが一番クリエイティブだった時代の日本にタイムスリップしてみよう。
現代に当たり前にあるものが見当たらない。
町には、コンビニがない、マクドナルドがない、ドトールもない、”ヨシギュー”もない。
ゲームセンターがない、カラオケがない、レンタルビデオがない。
銀行のATMがない、駅の自動改札がない、カードはみんな使わない、サラ金はあんなに目だっていない。
家には、ビデオがない、ゲーム機がない、パソコンがない、電子レンジやエアコンはあんまりない。
携帯電話がない、e-メールがない、インターネットは影も形もない。テレビ放送は深夜にはやらない。

社会は今よりずっと封建的かつ保守的で、”大人”の力が強かった。
そんな社会を受け入れられない少年たちは多かった。
世の中が便利になった今とは違う。自由に行動することはいろんな意味で重かった。
力が欲しかった、自由が欲しかった、今いる場所から抜け出したかった、そして時代を変えたかった。
「30歳以上を信じるな!!」

そして、少年たちのもとへロックミュージックがやってきた。激音と共に。

つづく    →次へ

        戻る